1993年甲子園ミッション
あの頃の熱気を覚えておられるクリスチャンはいるだろうか?
日本にリバイバルが来る!
何回聞いただろうか。
ピーターワグナーは2000年までに1000万人救われる
と言ったとか
それ以降も鳴り物入りの海外伝道者や牧師が呼ばれて、何度も「リバイバル預言」が叫ばれたが、掛け声だけで終わった。(そのリバイバル集会にどんだけ献金させられて来ましたか?)
今少子高齢化と大量死(おそらくアレによる)で、日本の教会の大半は風前の灯にある。
いやうちの教会は増えているよ
と言う方
それは素晴らしい。
けれど、それは受洗した人が増えたからですか、それとも他教会から人が流れて来た(つまり他教会が減ること)の結果ですか?
断っておくが、こんな話をするのは、うちの教会がリバイバルしてるからではありません。
私は常々思っているのは
みんな正直な話をしたがらない
ということ
いい話しかしたがらない。
当たり前か
自分もそうだから
このコロナで加速しましたよね
教会の減少、統廃合
路傍伝道やってる人見かけますか?
その力も今の日本の教会にほとんどないように思う。
もう一つの教会で伝道する力ないよね。高齢者ばかりになってお葬式ばかり牧師がしてる、そんな教会が増えてる。
この若い2人が言ってるのは
やり方変えないと、終わるよ
ということ。
自分の教会の礼拝だけ守るとか
自分の教会の人数だけ増やそうとか
そういう「取り込み、囲い込み」から
自分のマインドを脱却しないといけない
そういうことだろうと思いました。
このコロナの4年間
10人以上の洗礼に立ち会って来ました。今週また3人受洗します。
これは他教会のクリスチャンたちと一緒に協力して来た結果です。
一緒に町をプレイヤーウォークし、路傍伝道し、寒いクリスマスに公園で寝ているホームレスに話しかけ、反ワクデモに参加し、集会開き、関係を持った人に福音を伝えて来ました。
それは牧師の会議で決めたとかでなく、コロナの中で礼拝が止まり、交わりも伝道集会も無くなって、教会の外で神様が自然に集められた仲間たち(主に牧師ではない人)でした。こういう教理じゃないといけないとかも乗り越えて、「福音伝えたい」それだけで協力して来た。
自分の教会の人数を増やす
自分の城を大きくして
成功した牧師に見られたい
それを何度も手放すことを神様に求められました。
洗礼した人には、みんな地元の教会見つけて繋がってね、と送り出して来ました。
洗礼式の翌日の日曜礼拝
昨日あれだけ盛り上がったのに
いつもと変わらぬ礼拝人数や(少ない)なぁ
ため息ついたことが何度あったか。
日本の教会の存続は
私たちのマインドの何かを変えること
神様はそれを導こうとされているのかしら。
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