チャーリーカークの死がもたらしたもの

チャーリーカークが私たち日本の教会に投げかけたものは何だったのか。
マスクとコロナワクチン、LGBTQ、DEI、SDGs、ウクライナ戦争、イスラエル
その全てに「古き良きアメリカ」の聖書を単純に信じる者がどのような立場を持つのか
それを生き方で知らしめた。
そういうことだっただろう。
彼がリベラルで共産主義の教授が巣食う米国の大学に、18才で単身乗り込んで行って、完全に左派リベラル思想に毒された学生たちに面と向かって言いたいことを言わせて、ディベートで論破して行った時、左派リベラルに批判されることを恐れ黙っていた学生たちが驚いた。「こんなことができるのだ」と。
そして何よりも学生たちに影響を与えたのはイエスキリストに対する信仰をはっきり言い表したことだ。自分がやってるんじゃない、イエスキリストにあって救われ、生かされ、送り出され、話しているんだ、心から聖書を信じているんだ、そういうシンプルで力強いメッセージを、左派リベラル学生の批判と罵倒の中で全く恐れず言い表したことだ。
米国は他の国と同じように100年前から共産主義や唯物論が入り込んで、聖書を信じるとかイエスキリストを救い主として聖書に書いてある、そのまま信じるとかいうことを懐疑する思想が広がった。共産主義の戦略は若い人、特に学生を左派リベラル思想、共産主義の教師を送り込んで洗脳するやり方だった。
それはいわゆる女性の社会進出だとか黒人や少数民族への平等だとかから始まったが、同時に妊娠中絶や性的マイノリティに対する公平、権利の過度な擁護に繋がって行った。 こうして人権を盾に、いわゆる左派はより少数派の権利を主張し過激化して行った。
そしてアメリカはそもそも白人キリスト教徒による先住民を虐殺し、アフリカ住民を拉致して奴隷化し成り立った国、その全てを否定して米国のあり方そのものを撤回し、白人は謝罪し賠償し、社会のあらゆるところで、少数派に場を譲るべきというムーブメントになって行った。それがアンティファやブラックライブズマターの暴動で警察署が破壊されるなどを許容した。これが民主党の地盤の州で行われた政策だ。
その結果どうなったのか?
民主党地盤の大都市は犯罪が溢れて、不法難民の溜まり場となった。警察は弱体化され、国境を超えて麻薬が人々を蝕んだ。
あまり言われないことだが、米国の司法制度、特に最高裁判所に左派思想を持つ裁判官を送り込むことも行われた。トランプ就任時、最高裁判所には9人の判事がいて、その内リベラル派は3人いたが、その3人はユダヤ人であると元ウクライナ大使の馬渕睦夫さんは話している。ユダヤ人は米国では歴史的に民主党側であった。それが変化したのがトランプの出現だったと言われている。
トランプはエルサレムをイスラエルの首都と認めて、米国大使館をエルサレムに移した。またトランプはイスラエルとアラブ諸国との融和を「アブラハム合意」で取り戻すことを目指した。
チャーリーカークもそういう米国保守派、「大草原の小さな家」みたいな「古き良きアメリカ」の思想を代表する若い論客として現れた。
我々日本人からすれば、若くシンプルであるだけに、あの日米戦争の認識がアメリカナイズされすぎていて、彼の来日時には注意するように助言されたそうだが。
私が思うに日本人教会の福音主義のキリスト教的価値観は「和合、一致、批判しない」だと思う。別の言い方をすれば「波風立てない」ことだ。「批判は裁き」であり、何らかの政治的主張は教会とは無縁のものであるという考えだ。
トランプ(特に暗殺未遂後の)やチャーリーカークの投げかけたことは、キリスト教徒の生き方は個人から家族に影響を与え、地域に影響を与え、それは国家に影響を与えるものであり、また当然そうあるべきものだ、ということだ。
クリスチャンは信仰を公にして反対者の中にまで入って行き、その生き方で感化を与えることができる。それはまさしくイエスキリストがしたことであり、またその生き様に生きて死ねことでもあった。
チャーリーカークの死はまさにそれを思い起こさせた。
チャーリーカークのこの追悼式はアメリカにもう一度シンプルな聖書信仰が返り咲くリバイバルが来る予兆なのだろうか。私はこれを見て涙が溢れた。
ティムクリの動画で、その追悼式の模様をご覧あれ!

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